自分に嘘をつくと辛くなる
元気だと思ったら、こんな無気力になるなんて
またやっちゃったお金のために、自由を我慢して、特に好きなことでもないことで働く
この生き方もうそろそろ終わりにしよう
心のつながる友達に会いたい。こういう時はひとりはさみしい
明日からは違う角度から楽しみをみつけていこうっと
たまにの弱音
そんなことを思った昨日の風邪をひいた私
1日たって、今日はそんな私ではなく、起きるまでは熱があればいいのに
そしたら休めるのに、なんて思ったり
でも、起きて仕事にいくと、自分がどんどん身軽になってるいく
人の前では無意識に気を使ってるからかな?と思ったけど、
どうやら帰ってから気持ちよくなれてるので、そういう訳でもないらしい
そう昨日の私は、勝手にネガティブなエネルギーをとりこんでた、というか不安からそういう思いを作ってた
今日の私は勝手にそんな風に考えることをしていない
今日はうれしい気持ちになることがいっぱいあった
毎日、毎日、私が変わる
そういえば、小学校の時も中学校の時も高校も、親と一緒に暮らしている間は、時々私は学校や仕事にすごくいきたくないことがあって、
熱があればいいのに、病気だったら休めるのにと思うことが時々あった
どうしても行きたくない時は、布団から出ない、時間がすぎるまで、具合が悪いといって、
家族に怒られながらも、休むことが割とあった
忘れてたけど、そのとき、どうしても行きたくない、たとえば宿題が終わってない、怒られるからいきたくない。
たとえば、友達との仲が悪くなってしまって、一人になるのが嫌だから行きたくない。
とか、そいうことがあった。
その裏には心の恐怖がある
すごくすごく怖かった、嫌だった、逃げたかった
でも家族は、熱があったり、風邪をひいたり、体の不調がないものは病気ではなく仮病だと思っていて、いつもすごく怒られた
恥ずかしいとか、だめな人間だとか、情けないとか、怒った家族はそんなことたぶん私を引っ張りながら言ってたと思う
それで、それができない自分はだめな人間だと自分で思うようになっていく
常識外れだとわかっていながらできない罪悪感
罪悪感を持ちながら次の日学校へ行く、そこでまた作り笑いをしたり
本当の自分を無意識に隠す
そんな気持ち考えてあげるということは知らないでずっと生きてきた
でも、それは心の病
不安が不安をふくらませていく
どんどん自信をなくしていく
家族は私を思って、強くしてくれてたんだと思う
それはそれで愛の形、お互いの大切なことへの視点が違っただけ
仕方ないこと、おかげで私が学べた
そっか、私あのころから始まってるんだ
違う形で大人になっても、そういう壁とぶつかっていく
いつも自信をなくしていて、逃げたくて仕方なかったり
そして、その心の病気は、肉体へと響き、とてもつらい病気になっていきました
でも、その病気を治す過程で、今の自然な私に戻っていきました
でも最近は、そういうことがどんどんなくなっていってる
たぶん、自分の生き方がだいぶ変わってきたんだと思う
他人や世間体、社会と比べることをベースにしなくなったからだと思う
でも、その小さなわたしのころ、その心を大切につつんで、自信をつけてあげれたら、
人生はだいぶ変わっていたんだと思う
親としてはふつうのことかもしれない、でもどうしてそう思ったのか、その恐怖はどこから来るのかを拾って整理してあげれたら、癖にならずに済んだんだって気付いた
やっとだもん、やっとそこを整理することを取り入れる生き方になってきたんだもん
自分で今気づけてよかったし、なので、寄り道ばかりだけど最高の人生だと思う
でも、私の未来のこどもには、そこ、その心を大切に包んであげれる親になりたいなって思った
人としてそういう人になりたい
まず自分自身に
ここ、もうちょっと思い出して、観察してみよう
そう、私がその後に
思い出せてよかった
涙が流れてきたよ
インナーチャイルドを癒してあげよう