23 Jan 2016

FUKUSHIMA SPEAKS アートで伝える考える 福島の今これからの未来




 
1月31日まで、京都造形芸術大学 ギャラリーで、世界で活躍されてるアーティストの方が福島のことをアートを通して伝えているプロジェクトの展覧会が開かれます。
作家の方々のギャラリートークもあります。
私もおととし地元、福島で開催されたときに足を運んで、とっても感動しました


凛とした作品たちから伝わる、悲しみの先の光のようなメッセージ
ほんとうに素晴らしいので、ぜひおすすめです


友人の写真家の本郷毅史さんは、福島の水のはじまり、水源を撮っています。
まるで森にいるみたいに、美しいにつつまれる作品たち
本郷くんはアフリカ喜望峰から日本まで自転車で、一番遠い土地から我が家へ帰る旅を数年かけてした冒険家でもあります
ほんと素敵な生き方してます
24日曜日はギャラリートークがあります
 
心に響く素晴らしいプロジェクト、日本中に、世界中に広まり、平和に変わっていくことを祈って
複雑でなかなかうまく伝わらない、福島のこと、そのままがそこにあります
シェア歓迎です

 
 

 

 
FUKUSHIMA SPEAKS
アートで伝える考える 福島の今これからの未来

 
【会期】
平成28年1月22日(金)~1月31日(日) ・【観覧時間】
11:00~18:00

 
【会場】
京都造形芸術大学 ギャルリ・オーブ
京都市左京区北白川瓜生山2-116
京都造形芸術大学 人間館1F

 
【観覧料】
無料
【展示作品】
「福島の記憶と記録」・・・フロッタージュ作品
作者:岡部昌生(美術家)
制作年:2012~2015年
「sacrifice」・・・写真作品
作者:片桐功敦(華道家)
制作年:2013~2014年
「distance」・・・写真作品
作者:赤阪友昭(写真家)
制作年:2013~2014年
「みち」・・・写真作品
作者:安田佐智種(美術家)
制作年:2013~2015年
「水源域・福島」・・・写真作品・映像作品
作者:本郷毅史(写真家)
制作年:2014~2015年

【ギャラリートーク】
平成28年1月22日(金)10:00~11:00、15:00~16:00
講師:川延安直(福島県立博物館学芸員)
【トークイベント】
クロストーク1「福島の記憶の記録」
1月22日(金)18:00~19:30
出演:岡部昌生(作家)×川延安直(福島県立博物館学芸員)
クロストーク2「原発30km圏内に咲く花たちの言葉」
1月23日(土)14:00~15:30
出演:片桐功敦(華道家)×二上文彦(南相馬市博物館学芸員)
クロストーク3「福島の奥へ」
1月24日(日)14:00~16:00
出演:赤阪友昭(写真家)×本郷毅史(写真家)×片桐功敦(華道家)
クロストーク4「Off grid dialogue」
1月30日(土)14:00~15:30
出演:片桐功敦(華道家)×服部滋樹(graf代表/クリエーティブディレクター)
クロストーク5「福島後〜表現者にとっての3.11~」
1月31日(日)14:00 ~ 16:00
出演:やなぎみわ(美術家)×ヤノベケンジ(美術家)×村山修二郎(美術家)
モデレーター:川延安直(福島県立博物館学芸員)
【主催】
京都造形芸術大学
はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト


本郷毅史くんの作品にあたって
作品にあたって
福島を流れる阿武隈川、阿賀川へ通い、水源へと遡行し、撮影することを繰り返している。

林道を車で行けるところまで行き、そこから登山道に入り、登山道を離れ、沢に降り、沢沿いに歩いていく。滝が現れたら登攀し、淵が現れたら泳ぎ、藪が現れたらかき分けながら進む。沢のそばに野宿し、焚き火をする。そうやって何日もかけて水源へと遡行し、撮影する。そういうことを何度もしている。

福島の水源域へ行くということ。震災、原発事故以前だったら、ただ喜びだけで向かっただろう。あの日より後に福島の水源に向かうということは、いったいどういうことなのだろうか。行く前も、歩きながらも、ずっと福島の水源域へ行くという行為の意味を考えていた。しかし、何かが分かるということはなかった。ずっと問いの前に立っている感覚があった。むしろ問いの前に立つために行ったのかもしれない。

ただ、時折そんな問いを無化するかのような美しい光景に出会った。水源域の光景は、美しかった。水は、深い森の中を、刻々と変化しつつ、千年変わらないかのような様子で流れていた。私はその光景を、ただ見続けた。水が流れている様子を見ているだけで、私の心のいちばん深いところが喜んでいた。

水源域を流れている水は、なにかとても大切なことを、別の形で静かに教えてくれるような気がしていた。水の流れが光を反射していた。苔に水玉がしたたっていた。滝つぼへ水が激しく落下していた。目にする光景はそれだけで祝福に満ちていた。目にするものすべてが美しく、そしてなぜだかなつかしく、祈るような気持ちで水源域の森を歩き、辿り着いた水源に手を合わせた。